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【アラベスク】  第8章 荊の城



第2節 鰯のそらと蝉のかぜ [16]




 心内で笑い、表情には出さない。
「でもまぁ、とりあえずまだ時間はあるんだ。考えてくれよ」
「無駄だよ。そもそも、僕が出なければならない道理もよくわからない。海外経験者って言うなら、他にもたくさんいるんだろう?」
「旅行程度なら他にもいるさ。でも君のように、長期の滞在を経験している人間は少ない」
「海外生活の経験が条件だなんて、ずいぶんと変わったお茶会だな」
「面白味のあるお茶会、と言ってくれないかな?」
 聡ならまだしも、瑠駆真にしてはかなり角の立つ言い草だ。だが小童谷はサラリと返す。
「お茶に興味はなくとも、なにせ副会長主催だ。それなりに豪奢(ごうしゃ)な体験ができるとは思うぜ」
「どちらにしろ、僕には興味ない」
「どうしてですかっ」
 横から口を挟む緩。
「何も、山脇先輩に損のあるお話ではないでしょう?」
「損もないが得もない」
 瑠駆真にしては珍しく冷ややかな言葉。その態度に小童谷は曖昧に笑ってみせる。
「生徒会の誘いを突っぱねるとは、ずいぶんだな」
 その言葉に眉を潜めるのは聡。だが、何も言わない。
 代わりに緩が口を開く。
「廿楽先輩は、ただ紅茶に対しての海外での考え方について、山脇先輩のお話を聞いてみたいというだけのことです。他意はありません」
 他意はない とわざわざ付け足すところが、逆にアヤしいんだよ。
 聡は内心で嘲笑(あざわら)う。
 だがそんな聡に気付かぬ緩は、さらに続けようとして小童谷に片手で止められる。そうして、駅舎の外へと促された。
 ヘタな口出しで場を(こじ)らせるのは、良くないな。
 回転の速い頭が、そう判断する。
「なんだかよくわからないけど、君の気分を損ねてしまったようだ。副会長からの正式な招待はまだなワケだし、今日はただ、お茶会の話を知らせに来ただけだからね。ここで揉めるつもりはない」
 まだ何か言いたそうな緩の肩に手を置いたまま
「とりあえず今日のところは辞めておくよ。無理強いは好きじゃない」
 ホッと息を吐く瑠駆真を見つめ、諦めたワケではない と笑ってみせる。
「また日を改めて」
「無駄だよ」
 簡潔に答える瑠駆真に肩を竦め、納得のいかない緩を連れ、小童谷は背を向け去っていった。
「何? あれ?」
 突然やってきて、一方的に去っていった二人。状況の飲み込めない美鶴。
「知り合い?」
 問いかけに、だが瑠駆真は首を横に振る。
「いや」
「でも、向こうはなんだか知ってそうな雰囲気だったね」
「と言うより」
 そう、瑠駆真の事を知っていたと言うより、瑠駆真の母親の事を知っていた?
 誰だろう?
 顎に指を当て考え込む。その背後から卑猥(ひわい)な声。
「気をつけた方がいいぜ」
 振り返る先。聡が胸元で腕を組む。
「何が?」
「アイツ()だよ」
「何? 知ってんの?」
「あの小童谷ってヤツは知らねぇ」
「もう一人は、義妹(いもうと)だったね」
 美鶴の言葉に、眉根を寄せ
「アイツは気をつけた方がいいぜ。何を考えてんだか見当もつかねぇ」
「義妹?」
「あぁ、その上、権力にしっぽ振ってる、くだらねぇ女だしな」
「ずいぶんな言い(ざま)だな。仮にも妹だろ?」
 嗜める瑠駆真に、鼻で笑う。
「あんな妹、欲しかったらくれてやるよ」
「それは言い過ぎ」
 さすがに咎めようとする美鶴を片手で制し、グイッと瑠駆真を見やる。
「まぁ お前を助けるような事はしたくねぇけどよ、この場合はお前に加担するぜ。緩には気をつけた方がいい」
「何を言ってる?」
「さぁな」
 緩と小童谷の意図などわからない。だが、緩が来て、瑠駆真を廿楽華恩のお茶会なぞに誘ったのだから、目的はだいたい想像がつく。
 廿楽華恩と瑠駆真がくっつくのは、それはそれで大歓迎だ。緩としても、廿楽の期待に答えることができるワケで、お互いの得にはなる。
 利害は同じだ。だが、協力はできない。
 したくはない。
 ふと、義父の言葉が脳裏に響く。

「母親の考え方が、緩にも影響しているとは思う」

 でも、例えアイツに何か事情があったとしたって、あんなふうに人を見下したり、裏工作に精を出すようなやり方は認めたくない。







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